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委託時代⑤:Messy Middle――委託時代の社会の請求書

この記事の読み方
activity ではなく impact で働いてきたエンジニア。

ここまでの話は、どちらかといえば勝者の側から見ていました。

AI に仕事を委託できる人。

企業に AI を入れられる FDE。

activity ではなく impact で働いてきたエンジニア。

AI に任せてよいものと、任せてはいけない判断を分けられるプロダクトビルダー。

では、まだその判断力を持っていない人はどうなるのか。

もっと言えば、判断力を鍛える前の入口が、AI によって消えていくとしたらどうなるのか。

Molly Kinder の messy middle という考え方は、この問いを避けません。

Platformer のインタビューで、Kinder は AI と雇用の議論が極端に振れすぎていると話しています。一方では、すべての仕事がすぐ消えるという終末論がある。もう一方では、まだ大きな失業は見えていないから心配しすぎだ、という楽観論がある。

彼女が見ているのは、その間です。

今日の労働市場はまだほぼ残っている。これを reality 1 とする。シリコンバレーが語る AGI 後の豊かな世界を reality 3 とする。

その間に、長く、痛く、政治的に爆発しやすい reality 2 がある。

それが messy middle です。

すべての仕事が消えなくても、社会は揺れる

messy middle のポイントは、全員が失業するという話ではありません。

むしろ、ほとんどの仕事は残るかもしれない。

ただし、損失が一部の高給で人気のある仕事に集中する。

Kinder は、その世界は政治的にも、社会的にも、経済的にも爆発しうると見ています。仕事が全体として残っているかどうかだけでは足りません。どの仕事が消えるのか、誰の上昇経路が断たれるのかが問題になります。

この視点は、委託時代の裏面です。

AI が実行を引き受けるようになると、判断力のある人はより大きな仕事を扱えます。FDE のような職種も生まれる。少人数で大きな成果を出せる。

でも、実行の仕事は、もともと多くの人にとって入口でした。

調べる。まとめる。下書きする。レビューを受ける。失敗する。直す。顧客の反応を見る。先輩の判断を横で見る。

その中で、少しずつ判断力が育ちます。

もし AI がこの入口を大量に引き受けるなら、問題は「人間の仕事が消える」だけではありません。

人間が判断力を身につける階段が減ることです。

ラップトップ階層が先に露出する

Kinder は、近い将来に最もリスクが高いのは laptop class だと見ています。

彼女の言い方を借りれば、パソコンだけ持って壁棚に閉じ込められても仕事が完結する人は、いずれ危なくなる可能性が高い。

これは、パンデミック時の感覚を反転させます。

リモートで働ける人は、当時は守られた側でした。家から会議に出られる。通勤しなくてよい。感染リスクも低い。一方で、病院、食品、修理、公共安全、学校、店舗など、現場に出る人たちはリスクを負っていました。

AI では、その安全だった側が先に露出します。

法律、金融、コンサルティング、営業、事務、バックオフィス。コンピュータ上で完結する知識労働ほど、LLM によって時間短縮や代替の圧力を受けやすい。

逆に、レストラン、美容室、修理店、現場作業のような仕事は、少なくとも初期には ChatGPT だけでは大きく置き換えにくい。ロボティクスが進めば別の話になりますが、現時点で速く進んでいるのはコンピュータ上の知識労働です。

これは、20世紀後半から続いてきた物語の反転です。

コンピュータは、知識労働者を増やしてきた

Kinder は、コンピュータ時代の歴史を振り返っています。

これまでのコンピュータは、多くの場合、知識労働者を強くしました。弁護士、金融、コンサルタント、会計、研究者。彼らはコンピュータを使って、より速く、より多くの仕事をできるようになった。

一方で、置き換えられたのは中間的なルーティン職でした。

1980年代の法律事務所を考えると、弁護士 1人に legal secretary 1人がつくような形があった。秘書はタイピング、スケジュール、口述の書き起こしなどを担っていた。コンピュータはその仕事の多くを置き換え、弁護士本人をより生産的にしました。

つまり、コンピュータ時代の勝者は知識労働者でした。

でも、LLM は初めて、その知識労働そのものに触れ始めています。

Kinder は、ChatGPT が出るまで、自分はコンピュータが知識労働者を増強するものだと思っていた、と話しています。コンピュータは自分の仕事をしなかった。自分の脳が仕事をしていた。

LLM はそこを変えるかもしれない。

まだ完全ではありません。すべての仕事を置き換えるわけでもありません。それでも、専門的な認知の一部を機械が代替し始めるなら、これまで安全だった上昇経路が揺れます。

task が job に変わる瞬間

AI と雇用の議論でよく出る反論があります。

タスクが自動化されることと、仕事が丸ごと自動化されることは違う。

これは正しいです。

医師の仕事は診断だけではありません。弁護士の仕事は文書作成だけではありません。コンサルタントの仕事はスライド作成だけではありません。関係づくり、説明、交渉、現場理解、責任の引き受けがあります。

Kinder も、そこは認めています。

ただし、タスクの自動化が積み上がると、どこかで仕事そのものの形が変わります。

とくに危ないのは、仕事の中で本人が「ここが自分の価値だ」と思っている部分に AI が届く場合です。

医師なら診断。

研究者なら分析。

弁護士なら論点整理。

クリエイターなら発想や表現。

その部分が安くなると、残った仕事は低賃金化するかもしれません。

Kinder は de-skilling の例として、医療現場で、訓練を受けていない人が生成 AI に導かれて ultrasound を行う話を挙げています。ultrasound は年収 8.5万ドルほどで、1年程度の post-secondary education が必要な仕事だと説明されていました。

これが一般化するかは分かりません。

でも、方向は分かります。

AI は単に「面倒な部分」を減らすだけではありません。

専門職の中の、価値の高い部分を切り出して安くする可能性があります。

50歳前後の USAID 職員と、60代の半導体エンジニア

Kinder の話で一番重いのは、二人の具体例です。

一人は、50歳近い元 USAID 職員。DOGE によって職を失い、教師になる道を探したものの、約 60% の減給になる見込みだったといいます。

もう一人は、60代でレイオフされた半導体エンジニア。以前は年収約 20万ドルだったが、Uber の運転で年 3万から 4万ドルほどになり、COBRA も払えない状態だった。引退まで、まだ 5年ほどある。

どちらも、AI に直接仕事を奪われた例ではありません。

Kinder は、そこをきちんと区別しています。

それでも、この二人は先行指標になります。

専門性が高く、報酬も高く、生活もその水準に合わせている人が、同じ水準の仕事に移れなくなった時、落差は非常に大きい。再訓練と言っても、50代、60代でまったく別の職に移るのは簡単ではありません。

社会の安全網が薄い国では、その落差がそのまま家庭、住宅、医療、老後に響きます。

AI による置き換えがこの層に集中した時、問題は失業率の数字だけでは見えません。

生活の崩れ方が急なのです。

UBI にすぐ飛ばない理由

AI と仕事の話では、すぐに UBI、つまりベーシックインカムの話が出ます。

Kinder は、reality 3 の世界、つまり本当に誰も働かなくてよい世界なら、何らかの所得保障が必要になることは認めています。

でも、messy middle では話が違います。

もし一部のホワイトカラーが仕事を失い、他の多くの人は現場で働き続ける世界だとしたらどうか。

高給のソフトウェアエンジニアが仕事を失ったから、その収入を丸ごと置き換える小切手を渡す。一方で、病院、建設、警察、学校、食品、介護の人たちは、4万ドル、6万ドルの仕事に毎日出続ける。

その制度は、政治的に持つのか。

そもそも、十分な小切手を全員に配れば、なぜ現場の人は働き続けるのか。

Kinder は、messy middle ではより対象を絞った介入が必要だと見ています。

失業の速度を遅くし、管理する。

雇用主に、若手の学習機会を切る責任を負わせる。

若い人向けの white-collar apprenticeship を作る。

高齢労働者には wage insurance、つまり低い賃金の仕事に移っても以前の賃金の一部を補う仕組みを用意する。

AI が生む余剰を、安全網や新しい仕事づくりに戻す。

この話は、夢のある未来像ではありません。

でも、現実の制度は、たぶんこういう地味なところからしか始まりません。

若手の入口が消える

このシリーズの文脈で避けて通れないのが、若手の問題です。

FDE の回で見たように、AI 時代には業務の本質を見抜く力、人間と AI の協働感覚、素早いプロトタイピング力が必要になります。しかも、そういう力は短期では育ちにくい。

Hightower の回では、activity ではなく impact を見抜く力が、長い職業人生の中で価値になると見ました。

Fadell の回では、第一版の製品には、AI に渡せない taste と判断が必要だと見ました。

では、その力をどこで育てるのか。

これまで、多くの人は初級職で育ててきました。

リサーチをする。議事録を書く。先輩の資料を直す。コードレビューで怒られる。顧客対応を横で聞く。小さな失敗をする。少しずつ任される範囲が広がる。

AI は、まさにこの初級の activity を得意にします。

企業から見ると、若手を採るより AI で済ませたくなる場面が増える。短期的には合理的です。教育コストも下がる。品質も一定に見える。スピードも速い。

でも、長期的には、判断力を持つ人材の供給路が細くなります。

これは、会社だけの問題ではありません。

社会全体の問題です。

判断力のある人が高く評価される時代に、判断力を身につける入口が減る。

この矛盾が、委託時代の請求書です。

日本では、新卒一括採用が緩衝材にもリスクにもなる

日本で考えると、新卒一括採用は少し特殊です。

アメリカよりも、職務が明確でないまま若手を採り、会社の中で育てる仕組みが残っています。これは非効率にも見えますが、同時に「入口」を制度として残しているとも言えます。

AI 時代には、この仕組みが緩衝材になる可能性があります。

職務ごとに即戦力だけを採る市場より、若手をまとめて受け入れ、配置し、育てる余地があるからです。

ただし、安心はできません。

企業が本気でコストを見始めると、初級の事務、調査、資料作成、コード作成、カスタマー対応の一部は AI に寄っていきます。採用人数を絞る。配属後の仕事が薄くなる。若手が責任ある失敗を経験しにくくなる。

表面上は雇用が残っていても、成長の階段が低くなるかもしれない。

日本には、就職氷河期世代の記憶があります。

入口が細くなると、その影響は一時的では終わりません。数十年後まで、所得、昇進、家族形成、社会参加に残ります。

AI による若手入口の縮小が同じ形になると断定はできません。

でも、「入口が切れる」ことの社会的な重さを、日本の読者は身体で知っているはずです。

まだ答えはない

Kinder は、Brookings での 3年間を経て、新しい組織を始めると話していました。理由は、分析だけでは足りないと感じたからです。

METR のチャートを見て、3年前に思っていたよりも進みが速いと感じている。社会には不安がある。政治家も計画が必要だと気づき始めている。でも、答えが足りない。

この焦りは、軽く見ない方がいい。

AI の雇用影響について、完全な予測はできません。楽観も悲観も、外れる可能性があります。

それでも、計画がないことは別問題です。

もし若手の入口が細くなるなら、代わりの apprenticeship はどこに作るのか。

もし中高年の専門職が急に落ちるなら、wage insurance をどう作るのか。

もし AI によって企業の利益が増えるなら、その一部を教育と安全網にどう戻すのか。

もし判断力が新しい希少資源になるなら、それを一部の勝者だけでなく、多くの人が鍛えられる通路はどこにあるのか。

このシリーズの最初に、Fable 5 を使った研究者の話を書きました。

人間は、AI を操作する人から、仕事を委託する人に変わり始めている。

そこには確かに自由があります。

自分で全部やらなくてよくなる。小さなチームでも大きな仕事ができる。専門家でなくても試せる。思いついたものを形にする距離が縮む。

でも、委託できる人と、委託される側に押し出される人の差は広がるかもしれません。

判断力を持つ人は、AI を使って上に行く。

判断力を育てる入口を失った人は、AI によって下に押される。

messy middle とは、その間にある長い時間です。

AI の未来は、魔法のように一気に来るとは限りません。

むしろ、多くの仕事は残り、会社も残り、日常も続く。その中で、いくつかの階段だけが静かに外される。

それが一番厄介です。

委託時代の問いは、個人の使い方だけでは終わりません。

何を AI に渡すのか。

何を人間に残すのか。

残すべき判断力を、誰が、どこで、どうやって身につけるのか。

まだ答えはありません。

でも、この問いを立てないまま「AI で生産性が上がる」とだけ言うのは、もう少し無責任だと思います。

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